レポート目次

  1. はじめに
  2. 河川横断構造物について
  3. スリット化による既設ダムの改善
  4. その他の既設ダム改善方法
  5. 今後の課題
  6. 感想
  7. 謝辞
  8. 参考資料

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3.スリット化による既設ダムの改善

3.1 スリット化とは

スリット化とはダムのコンクリート面に切り込みを入れる(切り下げる)ことで、スリットに作られた新たな流路からの土砂の流出を促す。スリットの数・形状は様々で、常に河床まで切り下げるとは限らない。先に述べた飯豊山系の砂防ダムでは、湖底に沈殿したヘドロの流出を防ぐため、河床よりやや高いダム湖床までのスリット化が行われた[xii]

3.2 なぜスリット化か

不透過型ダムの問題はその不透過性に起因しているといわれ、スリット化はダムにある程度の透過性を持たせることで問題の解決を図る。スリットダムに期待される機能とは、高水量時には、不透過型ダム同様、土石流被害の原因となる大きな礫の流出を妨げるが、低水量時にはスリットから下流に必要な小さな礫を徐々に流すことである。これはダムの満砂を防ぎ、土砂調節量を増加することによって、ダムの土砂流出調節機能を改善すると考えられる。また、切り下げた部分で魚道を確保できれば、生態系の改善にもつながる(しかし、必ずしもこれが可能ではないかもしれないということは、セミナーで見学した実例を用いて後述する)。

今セミナーの3講師をはじめ、不透過型ダムの建設を疑問視する意見には経済的な側面も含まれる。満砂したダムの機能を補うために新たなダムを造り続けることは、コストも高く、河川を全てコンクリートで覆うようなものであまり現実的ではない。そのため現在では、全面的な土砂流出防止よりも、土砂流出調整のためのスリットダムを含む透過型ダムの必要性が認識され始め、新設の砂防ダムは透過型のものが多くなってきているという。

スリット化の考え方の原点に関して、中村講師は興味深いことを述べた。実は、力で自然の作用に逆らうダムの問題が問われ始めたのは、つい最近のことではない。1956年出版の「新河川工法」で著者・橋本規明は、堰堤がいらないのではなく無理に使う必要はない、という「堰堤無用論」を提唱した。また彼は、砂防ダムの代わりに自然の狭窄部を利用することをすすめた。数十年間あまり注目されなかったこの考え方こそ、ハード重視からの転換を始めた現在の河川工学のアプローチの基礎になっているのである。

3.3 ダムのスリット化実例

スリット化の影響を知るために、セミナーでは以下3基のスリットダムを見学した(写真をクリックすると別画面で表示)。

毛敷生川

チマイベツ川

鉛川

3.4 スリット化の問題点

スリット化の主な目的として、満砂したダムの土砂調節量の復活と魚道の確保があるが、切り下げによって必ずしもそれらが達成されるとは限らない。スリット化にも以下のような問題点が残る。

渦構造による土砂流出の抑制

岡部講師が固定床実験水路を用いてスリットから袖部にかけての水の流れを観測したところ、堆砂面とダムの間に渦が生じ、土砂の流出を妨げていることがわかった。図8はスリット部と袖部の流速分布を側面図で表している。スリット部では堆砂面での水の流れがほとんど停止している。一方袖部では、ダムにつき当たった水がダム背面を下方へ流れ、堆砂面を逆流して渦構造を形成する。それによって、堆砂はスリットから流出せず逆に上流へ押し戻されるため、スリット化で計画された河床勾配の変化(図9AからB)は起こらない。渦構造は、スリットの上流において魚の上れない急勾配(図9C)を生みだし、土砂流出による調節量の増加を抑制している。[xiii]

図8:流速分布と水位の縦断分布(8)

図9:砂防ダム上流の河床縦断面形状(9)

この実験で、渦構造の形成はスリットダムの一番の問題点として指摘された。毛敷生川第4床固工のスリット化で理想的な河床勾配の変化が達成されたのは、元のダムが鋼製格子状で透過性があったため渦ができなかったから、と岡部講師は推測している。渦の問題を解決するには、このように何らかの形で袖部の水圧を下げる必要がある。

不完全な流路の形成

スリット化しても、スリットを通る新たな流路が確保されない場合がある。渦によって急勾配の段差ができたり、流路が分岐または移動してスリットを通らなかったりする。毛敷生川でのスリット化実験の結果から、流路の確保にはスリット化後の大きな出水が重要と考えられる。岡部講師は、図10のような、スリットを補うための導流工や水制の設置を提案した。

図10:補足構造による流路の確保(平面図)(10)

土石流の性質による影響

長野県姫川砂防事務所の松本氏は以下のような問題を指摘している。巨石や砂礫よりも砂や泥の多く含まれる土石流は、液体に近い性質をもつため、透過型ダムではスリットなどの開口部をそのまますり抜けたり、一時的に貯留された後に流出したりすることがある。すぐ下流に人家がある場合、スリット化による被害の可能性を考慮しなければならない。

目的の交錯

災害防止機能と生態学的環境の改善、常にその両方の目的がスリット化で同時に達成できるわけではない、ということがセミナーで多く議論された。たとえ魚が上れるようになっても砂防・治山機能が低下した場合、もしくはその反対の場合、スリット化が効果的かどうかは、どちらをより重視としているかによって決まる。スリット化を実行する際には、それに関わる人間の目的の共通理解が必要になるだろう。

スリットの管理

スリットダム建設に携わる技術者からは、スリットの信頼性に対する疑問が出た。全ての構造物がそうであるように、スリットの効果も永久ではない。スリットが流木で塞がれ、元のように満砂してしまう可能性がある。毛敷生川の第4床固工でも、スリット部がすでに流木を捕捉していた(図4)。また、ダム自体の老朽化も対処しなければならない。