葉っぱだより

Magnolia praecocissima var.borealisNo.134/135 キタコブシ

11/19 Apr. 2011

モクレン科モクレン属(MAGNOLIACEAE magnolia)
和名:キタコブシ
学名:Magnolia praecocissima var. borealis
アイヌ語名:オプケニ(opke-ni)・オマウクシニ(omaw-kus-ni)(1)

○和名の由来

つぼみの形が握った拳に似ているから(2)というのがもっぱらの語源説です。樹木大図説(3)によれば、箋註倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)※に「つぼみが人のこぶしに似ているから名づけた」とある、としています。樹木大図説の筆者(上原敬二)はこれに異を唱え、「これは実際に合わない、むしろ果実の形がコブシに似るとする方が正しいと思う」と述べています。

○学名の由来

Magnolia:f<人名:フランスのMontpellier(モンペリエー)の植物学教授Pierre Magnol(マニョール:1638-1715)に因む(2)
praecocissima:不明((2)にはなし)
似たような単語に「praecox:早期の、早熟の、早咲きの(2)」とありました。豊国(4)に、praecoxの英訳としてprecociousとあります。precociousは「早咲き{はやざき}の、わせの、早なりの(5)」のいう意味です。キタコブシ(コブシ)は、北海道では雪解けと共に真っ先に咲く花で、「マンサク」とも呼ばれるそうなので(9)、praecoxに類似した意味としてもよさそうな気がしますが…(ちょっと無理がありますかね)。

borealis:北方の、北方系の(2)

○アイヌ語名の由来

福岡(1)によると、
オプケニ(opke-ni):放屁する・木
オマウクシニ(omaw-kus-ni):いい香りが・通っている・木
とあります。

○分布

基本変種コブシ(Magnolia praecocissima)の分布は、図鑑類によって微妙に異なります。
(6)によれば、北海道・本州・四国・九州・朝鮮
(3)によれば、北海道・本州・四国・九州・朝鮮(自生は済州島、植栽は京畿道(ソウル付近)まで)
(7)によれば、北海道・本州・九州・済州島。四国は自生しない
北海道内では、渡島・胆振・日高・石狩・上川・十勝(8)
樹木大図説(3)には、「札幌では5月中旬開花、同地には径0.8mの大木あり」と書いてあります。ただし発刊が1961年ですが…。どなたか知ってますか?

キタコブシは、 全道に分布(8)するほか、本州中北部の日本海側(6)にも分布します。

○食材としてのキタコブシ

キタコブシの花びらはいい香りがします。これを焼酎に漬けると「キタコブシ酒」になるということをず~っと前に聞いていて、一度やってみたいものだと思っていました。ところが、キタコブシの花は樹冠の上の方で咲くのでなかなか手が届かず、つくったことはありませんでした。この話を「ときわ里山倶楽部」のSさんという方に話したところ、早速やってみたそうです。その1年後、いただいて飲みました。香りを楽しむお酒として、なかなかなものでした。

キタコブシを食材にする、というのはずいぶん古くからのことらしく、「延喜式(平安時代に書かれた、当時の制度や儀式作法をまとめた書物)」には、コブシの実を「つけもの」として食べたことが載っています(9)。

また、辻井先生は次のように書いています。「樹皮はまた、北海道ではアイヌ民族がお茶のように使って飲料としたそうで、これは試してみて復活させてもよさそうな知恵だと思われる。花を砂糖漬にしたり、薄く衣を付けて油で揚げて食べたりもする。焼酎に漬けておくと香りのよいリカーができる(10)」
そろそろ花の時期、やってみたいものですね。でも、どうやって花びらを取ろう?

○余談

女性に「山桜のような…」というのは失礼に当たる、というのは聞いたことがあるのではないでしょうか。「花(鼻)より葉(歯)が出る」からですよね。「コブシのような○○」、というのも使わない方が良いようです。「深山コブシの花と思います」というのは「遠目によい」という意味で、「夜目遠目傘の内」と同じ意味に使われるとのこと(3)。注意しましょうね、男性諸氏。

□おまけ

〔キタコブシ物語〕
昨年(2010年)の春、日中韓三ヵ国環境相会議の折りに支笏湖で催される記念植樹の植栽樹種選定のことで相談を受けました。その時点で、すでにカツラとキタコブシという2樹種が候補となっていました。でも、なぜそれらを候補とするのか、いまひとつストーリーができていなかったので、その物語を書きました。

今回はそのときに却下された「キタコブシ物語」です。あのときは、キタコブシは柔軟性がなく雪で折れやすいし、活着しにくい樹種でもあるので、採用して欲しくないなぁ、という気持ちがありました。ただ、キタコブシはまずい、とも書けないので、触れないではおきましたが…。

〔日中韓親善のための「キタコブシ」物語〕

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※箋註倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)
「倭名類聚抄」は、Wikipediaによれば、平安時代中期・承平年間(931年 -938年)つくられた辞書。詳しくはこちらから。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E5%90%8D%E9%A1%9E%E8%81%9A%E6%8A%84

※箋註倭名類聚抄(せんちゅうわみょうるいじゅしょう)は、MANAしんぶんにによれば、江戸時代に書かれた、倭妙類聚抄の注釈研究書。詳しくはこちらから。
http://www.manabook.jp/kariyaekisai_senchuwayaku.htm

〔参考文献〕--------------------------------------------------
(1)福岡イト子,1993,アイヌと植物 旭川叢書第21巻,267pp,旭川振興公社
(2)牧野富太郎,1961,牧野新日本植物図鑑,1060pp,北隆館
(3)上原敬二,1961,樹木大図説1,1309pp,有明書房
(4)豊国秀夫編,2009,復刻・拡大版 植物学ラテン語辞典,386pp,ぎょうせい(初版1987,至文堂)
(5)英辞郎:http://eow.alc.co.jp/precocious/UTF-8/
(6)佐竹義輔・原 寛・亘理俊次・冨成忠夫,1993,フィールド版日本の野生植物木本,219pp,平凡社
(7)植田邦彦,1996,コブシ,週刊朝日百科 植物の世界,100,9-108~9-111,朝日新聞社
(8)伊藤浩司・日野間彰・中井秀樹編著,1994,環境調査・アセスメントのための北海道高等植物目録Ⅲ離弁花植物,480pp,たくぎん総合研究所
(9)朝日新聞社編,1968,北方植物園,330pp,朝日新聞社
(10)辻井達一,1995,日本の樹木 都市化社会の生態誌,296pp,中公新書,中央公論社