近自然工法とは何か
−スイス・ドイツ・オーストリアの川、眺め歩記−

孫田 敏@ARCS 


あとがき

 C・ゲルディ氏が「近自然河川工法」を提唱、実践してから25年が経つという。(山脇,2000a)しかしその25年の背景には、二世紀に渡る景域保全の歴史があることを忘れてはならない。近自然工法は単純にものをつくるということではなく、自然との接し方の知恵=作法であると思う。きっと北海道にも北海道なりの作法があっただろうし、もしうまく見つけられずにいてその作法がまずいのであれば、これからその作法を直していかなければならない。

 日本では戦後の高度経済成長期に、効率よく均一な品質の社会資本を形づくるために多くのマニュアルをつくってきた。その手法が功を奏し、現在の物質的には豊かであるとされている社会をつくりあげてきたことは誰しもが認めることだろう。しかし現在「近自然工法」を進めてきたヨーロッパの人々は日本よりも早く、その物質的な豊かさの持つ矛盾点に気がついたのだと思う。暉峻(1989)はヨーロッパのエコロジストたちの次のような話し合いに驚きの念を持って接している。

「労働を自分で感得できるものにするために、全体を見通せる小規模なものにすること。責任者は交替とする。技術は失敗が許されるゆとりのある技術を使うこと(原発のようなギリギリの技術を使うことは、自然や人間にとって危険であるばかりでなく労働そのものを非人間的にする)。他者を傷つけない技術を、高い技術と考える。労働と生活の境い目をなくし、人間の活動として統一したものにすること。男女が平等に生活に責任を持つこと。会議では、なっとくしないのに多数決で決めないこと、自分の発言に責任を持つこと、個人を全体で縛らないこと。表現は言語だけでなく、絵や音楽や踊りや、人間全体のコミュニケーションを大切にすること−。」

 直接「近自然工法」と関係がないと思われるかもしれない。しかし、私には基本的な生き方そのものが「近自然」の考え方に結びつくものだと思われ、以上の文を引用した。

 実は「5.3」で、『「近自然」の技術的展開』と題し、我々技術者は何をしなければならないか、についてまで考察しようとした。正直なところ荷が重すぎて書くことができなかった。前項で、「近自然工法」はオルタナーティブな技術であって近代技術の延長線上にはない、と述べた。「近自然」の思想にしたがって「川づくり」をしようとするとき、私たちに求められるものは何だろうか。私は、パラダイムの変換である、と思っている。どうあるべきか、までは書くことができるかもしれない。しかし、どうすべきか、については書くことができなかった。これからの課題としたい。

 北海道における「近自然工法」のこれからについては、楽観視していない。それはなぜかというと、その適用には、繰り返すようだがパラダイムの変換までも含まれるからである。「自然型川づくり」は、建設省の通達が出てからすでに10年を経た。しかし、「多自然型川づくり」をいくら重ねても「近自然河川工法」にはならない。そこにはパラダイムを変換していくという意志は見て取れないからである。と思いつつも、足掻かなければならないだろう。足掻くのをやめてしまったら、何も変わることはないのだから…。

 本小文では単に見てきたものだけを記載するのではなく、それを歴史的につまり時間軸の中で解釈しようと努めてきた。現在の事象は過去の延長線上にあり、今後それを踏襲していくにしても新たな方向性を見いだしていくにしても、時間軸上の位置づけを明確にしないことには先には進めないと思ったからである。結果的に報告内容よりも私自身の考え方を述べることに紙面を費やすことが多くなった。ただし自分自身の中に様々な迷いやとまどいがあり、「近自然」という思想を完全に咀嚼したとは思えないし、なにがしかの「引っかかり」もある。たぶん随所に矛盾する点があると思う。ことに5章については断片的に自分の考えを書き連ねただけであってまとめきれなかった。未消化のまま引用を重ねただけかもしれない。ただこのような機会がなければ、自分自身の考え方を書き連ねることもないだろうと思い筆を進めた。一応、北海道川の会への報告という体裁をとってはいるが、自分自身の現時点での決算報告でもある。このような場を借りてご迷惑であるとは思うが、北海道川の会の諸氏にはご了解いただきたい。またご批判をいただければ幸いである。

 本稿の最後には、今回訪れた国々(3カ国でしかないが)の簡単な地勢・気候等がわかるデータを付けた。どのような国に行ってみてきたのか、あるいは今度行きたいと思っている人たちにとってはどんな国に行こうとしているのか、少しでも参考になれば、と思う。

謝辞

 今回の渡欧は山脇正俊氏の存在を抜きには考えられなかった。すでに氏は「近自然思想」の伝道をライフワークにされ、日欧の橋渡しに努めておられる。氏のコーディネイトのおかげでさまざまな事例や文化と接することができたし、また多くの人たち出会う機会を持つこともできた。

 チューリッヒではF・コンラディン氏、C・ゲルディ氏と片言ながら語り合うことができた。バイエルンではK・ライトバウアー氏とグリューナウアー氏に懇切に現場を案内していただいた。そしてミュンヘンではW・ビンダー氏にイザールを案内していただいた上、世界で一番というビアホールに連れていっていただき歓談した。さらに、同行した大泉 剛氏・高森 篤志氏・岩下 裕子氏・小野寺 則子氏・香川 誠氏には何かとご面倒をお掛けした。お陰で楽しい旅を続けることができた。ここに記してお礼の言葉を申し上げたい。

 また先にも書いたが、このような機会に恵まれたのは、北海道川の会の先輩諸氏が早くから近自然工法に着目し、先に名前を挙げた諸氏との交流を深めてきた賜である。多くの方々がいてここでは名前を挙げないが、深くお礼を申し上げたい。

(2001,01,08 新世紀の初頭に)


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