ヒトは進化しない…かもしれない

フランス・ドゥ・ヴァール

生殖に至らずに生命を終える者がいないと、進化を続けることはできない。今日の先進世界でも、感冒が猛威を振るったりすると、そういうことは起こりうる。免疫力が強い者だけが生きのこって、遺伝子を次代に伝えるのである。まるで14世紀の黒死病のようだ。このときは、ヨーロッパ大陸だけで5年間に2500 万人が死んだ。エボラウィルスなど感染力のとても強いウィルスは、人から人へ広がっていったと考えられる。しかしヨーロッパには、そうしたウィルスに免疫を持つ人が多い。もしかするとこれは、14世紀に起きた大々的な自然淘汰の結果かもしれない。

しかし、今日では文化の発達があまりに速すぎて、人間の身体はそれに追いつかない。携帯メールを速く打てるように、親指が大きくなるわけではない。というより、携帯電話メーカーは、もともと持っている親指で打てるように文字盤を工夫している。私たちは、周囲の環境を都合のいいように変えるのが得意中の得意になった。だから私は、人類の進化が続くとは思っていない−少なくとも体型や行動が変わるような進化は起きないだろう。生殖の差別化という、私たちを変える唯一のとっかかりがすでに失われているからだ。

2007/05/16
フランス・ドゥ・ヴァール(Frans de Waal),藤井留美訳,2005,あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源,292-294p,340pp,早川書房